わからないまま進んでいいこともある
大学生の頃、量子統計力学を勉強していたときのことだ。 陽子や中性子や電子はフェルミオンで、光子はボゾンで、それぞれがディラック定数の半整数倍、あるいは整数倍のスピン角運動量を持つと学んだ。しかし当時は、「これは一体どこから出てきたのだろう」と強い違和感を覚えた。これまで学んできた知識を組み合わせれば導出できる事項なのか、それともまったく新しい知識として受け入れるべきものなのか、その判断がつかなかったのである。
今になって振り返ると、これらは場の量子論から導かれる事実であり、当時の私が持っていた知識だけで導出できるものではなかったということがわかる。勉強というのは、往々にしてこうしたものだ。その時点では出どころも意味もよくわからない概念であっても、とりあえず受け入れて先へ進むことで、後になって「ああ、そういうことだったのか」と腑に落ちることがある。
この感覚は、高校と大学のカリキュラムの違いを考えると、よりはっきりする。高校のカリキュラムは、前から順番に学んでいけば自然に理解できるよう、非常に丁寧に作られている。一方で大学のカリキュラムは必ずしもそうではない。全体像が見えないまま専門的な概念が次々に現れ、理解が後追いになることも珍しくない。だが、それこそが大学での学びの特徴なのだろう。
これらは現在の私が大学生の頃の私に伝えたいことである。

